人生はポケモンに似てると思う。
最初に博士からポケモンを受け取って、「さあ行っておいで」って送り出される。どこへ行くかは自分で決めていい。ジムに挑んでもいいし、草むらをうろついてもいい。知らない道を歩いてみてもいい。
あの感覚、子どもの頃は自然に持っていたはずなのに、大人になるといつの間にか忘れてしまう。
■気づいたらルートが決まっていた
社会人になると、歩くルートがだんだん決まってくる。会社、家、スーパー。決まった時間に起きて、決まった場所に行って、決まった仕事をする。
別にそれが悪いわけじゃない。職場の上司たちを見ていると、本当に真面目だと思う。早朝から来て夜まで働いて、家族を養って、ローンを返す。尊敬しているし、すごいと思う。
でも同時に、怖いとも思う。
ローンが鎖になって、生活水準が固定されて、気づいたら「この道しか歩けない」状態になっていく。悪い人は一人もいないのに、なんとなく全員が追い詰められているように見える。
自分はああはなりたくない、と思ってしまう。
■お金は目的じゃない
ポケモンで「お金稼ぎ」だけを目標にしてるプレイヤーはたぶん一番つまらないプレイをしてると思う。お金はあくまで旅を続けるためのリソースであって、それ自体がゴールではない。
自分にとってお金は選択肢の幅だ。お金があると「帰れる」「開業できる」「やめられる」が現実になる。人生を買い戻すための手段、という感覚が一番近い。
ただ、本当に買い戻せるかはまだ途中だ。お金と自由の関係も、頭の中で整理しながら進んでいる。でも方向は間違っていないと思っている。
■一番しんどかったのは、暇だった時だ
忙しい状況より、何もない状況の方がきつかった。
大学4年で就活をしていなかった頃、時間だけあって向かう先がなかった。暇なのにしんどい、という感覚。あれが人生で一番消耗していた時期だと思う。
今はやることが多すぎるくらいある。しんどさの種類が全然違う。
たぶん自分は、意味を感じながら動いている時が一番生きているタイプなんだと思う。
■どこを歩いてもいい、という感覚を忘れたくない
ジムバッジを集めることがゴールじゃない気もする。リアルでは肩書きみたいなものだろうか?知らない道を歩いて、草むらに入って、思いがけないポケモンに出会う。これは、恋人や家族、友人なのかもしれない。
効率的なルートだけ歩いていたら、絶対に出会えなかった何かが、寄り道の先に眠っている。子どもの頃に持っていたその感覚を、大人になっても忘れずにいたい。









