今振り返ってみると、私の価値観を大きく変えたできごとは、十四歳のとき、父が隠し持っていた一冊のノートを偶然見つけたことでした。そこには、当時会社員だった父が職場で受けていたパワハラの記録が詳細に記されていました。
理不尽な上司の言動、人格を否定するような言葉の数々、そして、それに対して声を上げられず、耐えることしかできなかった父親。当時はまだパワハラの被害が大きく取り上げられることは少なかったのです。その後、加害者は順調に栄転し、被害者である父は、その後十年にもわたって僻地の営業所を転々としました。
驚いたのが、父は一連の出来事を時間をかけて消化し、今となってはその会社で働いていたことを悪いとは思っていないという事実です。私から見れば、組織の中で「飼いならされた存在」と受け取りました。そのような生き方はできそうにないな、、と当時中学生の私は思いました。だから「自分は絶対に、誰かに生殺与奪の権を握られるような生き方はしない」と思うようになりました。
この経験から、私の価値観の根幹が二つ生まれたように感じます。
第一に、「組織の評価に自分の人生を預けない」ということです。現在、私は銀行からシンクタンクに出向して、特にパワハラの被害もなく平和な日々を過ごしています。しかし、その状況に安住することはできません。組織の看板や肩書きは、いつ剥ぎ取られるかわからない「借り物」であることを知っているからです。だからこそ、私は二十歳の頃から投資という自立して生きる道を探るようになりました。また、証券アナリストの資格を取得したり、現在社労士の勉強をしているのもその一環です。
第二に、「圧倒的な個の力、すなわち資本の力を手にする」ということです。父が逃げ出せなかったのは、住宅ローンという負債があり、家族を守るための経済的な「逃げ道」がなかったからです。私が住宅ローンを組みたくないのも、ここに大きな原因があります。弱い人間は踏みにじられ、搾取される。その残酷な現実を覆すには、組織の論理とは無関係に生きられるだけの「強さ」が必要です。
私の生活は極めて質素です。十年以上同じ服を着続け、贅沢には一切の興味がありません。私にとってお金とは、見栄を張るための道具ではなく、理不尽な力に屈しないための「自由の弾薬」なのです。

