大学に入ってすぐの頃、家庭教師のアルバイトに申し込みました。父から「学生のうちはバイトせず勉強しろ。ただし家庭教師ならいい」と言われていたからです。どんな基準なのかは分かりませんが、「家庭教師=健全」というイメージがあったのだと思います。
ところが、面接会場はワンルームマンションの一室。この時点で、直感的に「何かおかしい」と感じました。嫌な予感はだいたい当たります。
派遣先は市営団地のような場所で、生徒は中学2年生の女の子。母子家庭だろうな、という空気は18歳の私にも分かりました。正直に言うと、学習意欲はほとんどなく、2時間の授業も集中は続きませんでした。ただ、分からないところは分からないと言ってくれる。決して怠けているわけではない、そんな印象でした。
授業後、保護者の方と話すことになります。そこで出てきたのが「教材が50万円くらいする」という話です。思わず聞き返しました。すると、お母さんは不安そうな表情で「やっぱり高すぎますかね? 詐欺でしょうか?」と聞いてきました。正直、内心では「これはかなり黒いな」と思いました。しかし、その場で強く否定することもできず、「大丈夫だと思いますよ」と曖昧に答えてしまいました。私も当時若いなりに、これはトラブルになりそうだ、、と思って巻き込まれるのを避ける回答を選びました。
ついでに進路の話をすると、生徒は「アイドルになりたい」と言いました。中2らしい夢ですが、当時の私はそれを受け止める余裕がなく、「とりあえず高校には行った方がいいよ」と無難なことを言った記憶があります。
その後、私は家庭教師を外されました。理由は「生徒から変更してほしいと言われたから」。それ自体は別に大きなショックはありませんでしたが、会社の商売にはかなり腹が立っていました。なので会社に電話し、「50万円の教材を売って、研修もしていない大学生を派遣するのはおかしくないですか?」と伝えました(今思えば随分と青臭い)。会社サイドは、別におかしくない、根気よく教えてやってくれという謎の回答をされました。
それ以降、その会社から連絡が来ることはありませんでした。
父は「家庭教師なら安心」と思っていたのでしょう。しかし私の経験では、家庭教師という言葉の裏には、教育への不安を商品化する、かなりグレーな世界が広がっていました。結果的に私にとって家庭教師バイトは、皮肉な形で社会の裏側を見せ、学ぶ機会になったのです。
父の教育方針と、現実の教育ビジネスのギャップ。その意外な交差点から、私は早くから「何が本当に正しいか」を見抜く目を少しだけ身につけたように思います。

