資本主義と株式市場の「見えない欠陥」― 無形資産という影をどう捉えるか ―

1.資本主義の最大の欠陥は「時間軸の歪み」

資本主義や株式市場は、本来「将来の価値を先取りして配分する仕組み」です。しかし現実には、企業価値が長期で形成される一方で、市場の評価は極端に短期化しています。

株価は日々更新され、企業は四半期決算で評価されます。ところが、競争優位や組織能力、信頼といった価値は、年単位・十年単位でしか育ちません。この時間軸の非対称性が、研究開発の抑制や過度な株主還元といった「短期的には合理的だが、長期的には脆い行動」を生み出します。

重要なのは、これが誰かの悪意によるものではない点です。合理的な制度の中で、合理的な人間が行動した結果として生じる構造的な歪みなのです。

2.価格化できない価値は、制度上「存在しない」

株式市場が本質的に抱えるもう一つの欠陥は、価格化できない価値をほとんど扱えないことです。

技術の蓄積、組織文化、顧客との信頼関係、地域との結びつき。これらは企業価値の基盤でありながら、会計上はほぼ可視化されません。結果として、市場は「壊してもすぐに数値に表れないもの」を軽視しがちになります。

皮肉なことに、無形資産は壊れた瞬間にだけ可視化されます。不祥事や大量離職、品質問題が起きたとき、市場は初めて「実は重要な資産だった」と気づき、過剰に反応します。

3.無形資産は「評価されない価値」ではない

ここまで述べたことは、実は私が大学院生だった頃に真面目に研究していたテーマでもあります。株式投資をする中で、無形資産が正当に評価されていない場面が多いことに気がつきました。特に、IT関連企業などは有形資産が少ないため、古典的なPBRなどの指標を使って投資をすることが難しいのでは?というのが研究の出発点でした。

当時考えていたのは、無形資産は「評価されない価値」ではなく、評価されるまでに時間差がある価値だということです。

例えば、ブランドは毀損して初めて重要性が理解され、技術力は製品化されてから評価されます。組織文化は崩壊して初めて、その存在が意識されます。つまり無形資産とは、光が当たった瞬間に姿を変える「影」のような存在ということです。

4.今、市場で見過ごされやすい企業資産

現在の株式市場で特に見過ごされやすい価値ある資産には、次のようなものがあります。

⚫︎顧客の行動や業務フローに組み込まれてしまった習慣

⚫︎契約ではなく、人間関係や現場知による退出コスト

⚫︎失敗やトラブルの履歴を組織的に蓄積・再利用する能力

⚫︎人が入れ替わっても劣化しない暗黙知の形式知化

⚫︎市場規模が小さすぎるがゆえに競争が成立しないニッチ性

これらはどれも、成長ストーリーに乗せにくく、説明が面倒で、短期的な数値に表れません。そのため、評価されにくいのです。

5.投資家にとっての示唆

無形資産に目を向けると、企業を見る問いが変わります。「どれだけ成長するか」よりも、「どこから壊れるか」を考えるようになります。市場が見ていない価値は、たいてい地味で時間がかかります。しかし、その価値が壊れない限り、企業は静かに強さを保ち続けます。そこに気づけるかどうかが、投資家としての視界を分けます。

資本主義や株式市場は不完全な制度です。ただし、人間の歪みや弱さをこれほど正直に映し出す装置も、他には多くありません。無形資産とは、その鏡に映らない部分に潜む、本当の企業価値なのだと思います。

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